大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和40年(オ)536号 判決

上告人

京王帝都電鉄株式会社

代理人

田中治彦

牧野賢弥

環昌一

西迪雄

被上告人

塩野幸雄

外一名

代理人

永津勝蔵

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人田中治彦、同牧野賢弥、同環昌一、同西迪雄の上告理由第一点について。

被上告人らが原審において、原判決事実摘示のとおり、上告会社所有の本件踏切に保安設備がなかつた瑕疵により本件事故が発生したものとして上告会社に損害賠償を請求する趣旨を含むものと解される主張をしていることは、記録上これを窺うに難くない(所論の各準備書面は、原審口頭弁論期日において陳述されていない。)。したがつて、原判決に、当事者の主張しない事項について判断した違法があるといえないことはもとより、本件訴訟の経緯に徴すると、裁判所が釈明権の行使を怠つたために上告会社が防禦方法をつくしえなかつたものとして、原判決を違法とすべき理由も見出しえない。それゆえ、論旨は採用することができない。

同第二点について。

列車運行のための専用軌道と道路との交差するところに設けられる踏切道は、本来列車運行の確保と道路交通の安全とを調整するために存するものであるから、必要な保安のための施設が設けられてはじめて踏切道の機能を果たすことができるものというべく、したがつて、土地の工作物たる踏切道の軌道施設は、保安設備と併せ一体としてこれを考察すべきであり、もしあるべき保安設備を欠く場合には、土地の工作物たる軌道施設の設置に瑕疵があるものとして、民法七一七条所定の帰責原因となるものといわなければならない。この点の原審の判断に所論の法令違背はなく、論旨は採用することができない。

同第三、四点について。

踏切道における軌道施設に保安設備を欠くことをもつて、工作物としての軌道施設の設置に瑕疵があるというべきか否かは、当該踏切道における見通しの良否、交通量、列車回数等の具体的状況を基礎として、前示のような踏切道設置の趣旨を充たすに足りる状況にあるかどうかという観点から、定められなければならない。そして、保安設備を欠くことにより、その踏切道における列車運行の確保と道路交通の安全との調整が全うされず、列車と横断しようとする人車との接触による事故を生ずる危険が少くない状況にあるとすれば、踏切道における軌道施設として本来具えるべき設備を欠き、踏切道としての機能が果されていないものというべきであるから、かかる軌道設備には、設置上の瑕疵があるものといわなければならない。

これを本件について見るに、原審(第一審判決引用部分を含む。)の適法に確定した諸事情、とくに、本件踏切を横断しようとする者から上り電車を見通しうる距離は、踏切の北側で五〇メートル、南側で八〇メートルで、所定の速度で踏切を通過しようとする上り電車の運転者が踏切上にある歩行者を最遠距離において発見しただちに急停車の措置をとつても、電車が停止するのは踏切をこえる地点になるという見通しの悪さのため、横断中の歩行者との接触の危険はきわめて大きく、現に本件事故までにも数度に及ぶ電車と通行人との接触事故があつたことと、本件事故当時における一日の踏切の交通量(後記踏切道保安設備設置標準に従つた換算交通量)は七〇〇人程度、一日の列車回数は五〇四回であつたことに徴すると、本件踏切の通行はけつして安全なものということはできず、少くとも警報機を設置するのでなければ踏切道としての本来の機能を全うしうる状況にあつたものとはなしえないものと認め、本件踏切に警報機の保安設備を欠いていたことをもつて、上告会社所有の土地工作物の設置に瑕疵があつたものとした原審の判断は、正当ということができる。

所論は、運輸省鉄道監督局長通達(昭和二九年四月二七日鉄監第三八四号および同号の二)で定められた地方鉄道軌道及び専用鉄道の踏切道保安設備設置標準に従つて保安設備を設ければ、社会通念上不都合のないものとして、民法上の瑕疵の存在は否定されるべきであるというが、右設置標準は行政指導監督上の一応の標準として必要な最低限度を示したものであることが明らかであるから、右基準によれば本件踏切道には保安設備を要しないとの一事をもつて、踏切道における軌道施設の設置に瑕疵がなかつたものとして民法七一七条による土地工作物所有者の賠償責任が否定さるべきことにはならない。そして、前記諸事情のもとにおいては、所論のような踏切利用の態様の委細や警報機の設置に要する費用等を云々することによつて、前記判断の結論を左右しうるものとは認められないから、原審の右判断に審理不尽の違法があるということもできない。それゆえ、論旨は採用することができない。

同第五点について。

本件事故の状況から、本件踏切に警報機が設置されていたならば被害者が踏切を横断しようとして電車と接触するようなことにはならなかつたものと推認し、工作物の設置の瑕疵と事故との間に因果関係を認めた原審の認定判断も、これを首肯しえなくはなく、この点においても、原判決に所論の違法は存しない(警報機と警笛とでは、事故を防止する効果において格段の差のあることは明らかであるから、警笛吹鳴の事実があるからといつて、右推定の相当性が覆えされるものではない。)。論旨も採用することはできない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男 小川信雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例